安心なお菓子を伝えたい
「みんな居場所を求めてる」連載は、後半ではIターンのひとびとを中心にして書きつないできた。同じ京都であっても地域それぞれによって特質があり、多くのひとが自分に合った地域を選んでその特質を活かしながら活動をしているということが浮かび上がってきた。
「bio sweet’s 菓歩菓歩」は、京都は京丹波町和知にある。カフェとしても利用できる菓子工房だ。現在は地元野菜を中心にした食事も愉しめる。食事をさせてもらったが、素材の魅力が引き立っていて、地元野菜への敬意を感じる気持ちのいいおいしさだった。
「みとき屋」のあった南丹市ともまた違い、より山深く、由良川がすぐ側を流れ、深い渓谷になっていて、俗世間とは離れたような清閑な雰囲気のある場所だ。和知はもともと、自然農法が盛んなところだったので、外からやってくるような自然志向のIターン者も受けいれる素養があった。それもあって原料調達にも恵まれている、とオーナーの石橋さんは言う。
石橋さんも京都市内からのIターン者だが、田舎暮らしに憧れたIターン同士が自然と集まり、安心なお菓子を伝えたいという思いからお菓子づくりを始めたのがきっかけであるという。やがて近所の道の駅などで売るようになり、ある消費者団体で販売を開始、現在にいたるという。
バラバラになったIターン同士3・11で再び集結
Iターンの仲間は、環境のことにも興味があったこともあり、原発の放射能汚染や残留農薬の調査に行ったり、自然の仕組みについて勉強会をしたりという活動をしていた。みんな子育ても一段落して集まりはばらばらになったが、3・11でふたたび集結した。あらかじめ学んでいたということもあって、具体的な行動にすぐ移せたのだという。 なるべく早く動いた方がいいということで、近隣の施設などで鎌仲ひとみの『みつばちの羽音と地球の回転』の上映会をした。たまたま福島からの避難者が参加していて、どのように避難してきたかなどリアルな話をしてくれたこともあり、地域全体に一気にスイッチがはいった。その後、環境ジャーナリストの山本節子氏、医師の肥田舜太郎氏などの勉強会や講演会を立て続けに行ってきたが、次第に政治的な活動から食やアートからのアプローチに展開していった。
自然に寄り添うくらしを考え、見つめ直していくことで、ひとは元気を取り戻し、農村の町が活性化する。そういった思いを伝えたいと、京丹波でのアートとオーガニックなマルシェのイベントを近隣の仲間と始めた。
綾部在住の作家の表現では、3・11の震災のあった日に漉いた和紙を森のなかに散らばせた。和紙は雨に融けて土に還ってしまうが、見えない放射能はいつまでもここに残っているというような問題提起を、作品を通して発表した。森のなかでのアートイベントは5回で幕を閉じたが、またこうした企画をしたいと石橋さんは振り返った。
ソーラーパネル公害と向き合い栗栽培
いま、南丹や和知の地域で拡がりつつある問題は、ソーラーパネルの相次ぐ建設である。最近の地権者は、受け継がれてきた土地を守ろうという意識が薄くなっているという。すべてが金になっていて、土地を売り、どんどんソーラーパネルが増えていっている。ソーラーパネルの問題点は、電磁波、パネルの下に草が生えないようにするための強い農薬、太陽光の反射があるために周囲の温度帯の変化、パネル自身のごみ問題などがあり、持続可能ではない。
和知の希望はまずは栗だという。栗は収穫後ほとんどは燻蒸処理される(燻蒸=バルサンのようなもの)。栗の剪定方法や保存方法を独自のやり方で提案する栗の匠との出会いにより、栗で過疎化の加速を止められるのではないかと希望を持つ。
京都丹波栗をブランド化することにより、農業でも食べていける道を確保できるのではないか。また、栗の匠の提案する独自の栽培法で、農薬の散布に頼らない栗農業を推し進めていける指針になるのではないか、と考える。
菓歩菓歩でモンブランやパウンドケーキにも使用している栗は、和知のように霧が深くても育てやすく、単価も高い。仕入れている山内善継さんに働きかけ、ソーラーパネルになる予定だった山を買収して栗林にしてもらったこともあったという。和知の栗をブランド化し、栗の農家さんが増えれば、他の農作物も増える。そのように賑わえば、お店も増えて、集客も増える。
地域を変えるにはIターン者に可能性があるという。石橋さんが示したように地元への起爆剤としてIターン者は機能するのかもしれない。地元のこととなれば地のひとは動く。Iターン者が主体的に動くのではなく、変化を嫌いがちな地のひとたちにとってどのように刺激になっていくかということが、地域を活性化する鍵になっているようだ。
昨年は「居場所」を訪問しながら連載をしてきたが、本年はIターン者のひとたち個人に焦点をあてていく。